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わたしたちの暮らしの中にある、身近な漢字五書体について

わたしたちの暮らしの中にある、身近な漢字五書体について

(漢字五書体の成立順序とは。)

書家

書家
片岡 青霞
プロフィール


 漢字の起源は 、紀元前1300年頃の古代中国にて生まれたものとされている。最も古いものとして動物の骨に鋭利な刃物で刻む甲骨文字まで遡ることができる。亀の甲羅や牛の肩甲骨を焼き、そのひび割れをもとに神の意志を判断した古代の占いの記録としたものが漢字の源流となっている。そんな古くからある漢字にも様々な書体がある。漢字の基本は五書体に分類され、楷書、行書、草書、隷書、篆書の五書体となっている。今回は私たちの暮らしの中で見かける身近な漢字五書体がどのような場面で使用されているのかについて触れてみたいと思う。何気なく普段から見ていた書体がこんなところで活用されていたのだという新たな気づきや発見に繋がればとても嬉しく思う。

ほぼ9割が誤解している。五書体の成立順序

 書体とは、文字の表現様式のことで、一貫性をもちあわせた文字の集まりのことを指している。わたしたちの最も身近に感じられる書体といえば、楷書体となる。幼い頃に学ぶひらがなやカタカナ、漢字などを学習する際は、誰もが楷書体での書き方から学ぶ。いきなり行書体や草書体から学ぶことはなく、一点一画しっかりとした書き方から学習することはもはやあたりまえの常識とさえなっている。それもあって、多くの人が誤解している内容の一つに漢字五書体の成立順序の誤りがある。ほとんどの方からすれば、楷書が崩れたものが行書で、行書がさらに崩れたものが草書と思われがちだが 、漢字の正しい成立順序としてはこの認識には誤りがある。正しい文字の成立順序は、 「篆書、隷書、草書、行書、楷書」の順番となり、わたしたちが身近に使用している楷書体の成立は最も新しいものとなっている。 

 学校では書道の授業はあるが、より深く文字そのものについて学ぶ機会は決して多くないように感じている。そのため、 大人になって書道を習っている人であったとしても、漢字五書体の成立順序を知らない方もいる。書道を学ぶということは勿論書くということがあげられるが、少なくとも 書くことを通じて文字について触れるため、文字についての理解や学習はとても大切なことであると認識している。それぞれの漢字五書体が、わたしたちの暮らしの中でどのように使用されているのか実際に見てみよう。

①篆書

篆書白氏草堂記六屛(鄧石如)


 篆書体とは、古代中国の秦の時代において使用された正式な書体であり、漢字五書体の中で最も古い書体となっている。秦の始皇帝が文字統一政策の一環として定めた小篆は、縦長の字形、左右対称、均一な線質などの特徴がある。起筆(書き始めの部分)は、蔵鋒(穂先を隠す)技法が使用されているため丸くやわらかな印象を与える。

日本国旅券(パスポート)


わたしたちの暮らしの中においては、パスポートに書かれている文字が篆書体となっている。現代の日本においては海外旅行をする人たちの数が減っているためパスポートそのものを作ったことがなかったり、 所有していない人も少なくはないかと思うが、手元にある方は是非ご自身のパスポートの表紙を見てみよう。また、印鑑の書体としては、最も格式が高く王道とされている篆書体が使用されていることが多い。篆書体に対する可読性が低いため実印や銀行員などのセキュリティが求められる場面においては最適なものとされている。 

②隷書

曹全碑


 隷書体は、最も古いとされている篆書の次に歴史の長い書体である。古代中国の秦時代に生まれた篆書を簡略化して生まれたものとされている。 篆書体の文字は画数が多く、日常生活において使用するにはやや不便なことが多くあったため、より書きやすく効率化を求め筆記に特化した文字が作られたとされている。横長で扁平の字形、 波磔(右払いのうねり)、水平な横画などの特徴がある。起筆は蔵鋒が使用されている。

栃木県宇都宮市に本社を置く株式会社下野新聞社が発行している地域密着型の新聞。


わたしたちの暮らしの中においては、新聞の題字で目にすることがある。著者の生まれの栃木県においては下野新聞が主流となっているが、このタイトルの文字には隷書体が使用されている。他の新聞紙の題字にも使用されていることが多いため、自身の住まいで発行している新聞の文字の書体がどのようになっているのか是非調べてみよう。

③草書

初月帖(王羲之)

 草書体は、篆書や隷書を大幅に簡略化し崩して生まれた書体である。大量の文章を処理するにあたっては篆書や隷書の文字では適さず、より速く書くことができるようにするために草書が用いられることとなった。実用的な下書きや走り書きとして使用され連綿(文字と文字を繋いで書く)や手紙に使用されることが多くあった。漢字の点画を大幅に省略・連続させることで、流れるような曲線で書くなどの特徴がある。楷書体とは大幅に字形の原型が異なるものが多く、見て書いて覚える必要がある。

将棋の駒
将棋の駒


わたしたちの暮らしの中においては、将棋の駒の裏側(成る面)に「金」の草書体が使用されている。銀・桂・香・歩は成ることで「金」駒と同様の動きとなる。幼い頃に将棋の駒で遊んでいた頃を思い出し、実家にある古い押し入れを開けてみた。ほこりをかぶった将棋盤と駒が残っているのを見て、とても懐かしく感じるものがあった。

④行書

蘭亭序(王羲之)

 行書体は、やや流れがある書体である。楷書を少し崩して、次の一角へとつながるような流れを用いた点画の連続や省略をし、速く書けることと読みやすさの両方を兼ね揃えている。草書のように大幅に字形が異なるということがないため、楷書を知っていれば読むことができる。楷書と草書の中間に位置するため日常生活に溶け込んでおり、筆記として広く使用されている。

神社や寺院を参拝した際に参拝の証明として御朱印を集めている方も多くいる。photo by Photo AC

わたしたちの暮らしの中においては、店舗や看板などのロゴ文字として使用されていることが多い。神社や寺院へは、日によって多くの人が訪れる。御朱印書きを楷書で書いていると時間も掛かり数をこなすことができないため、時間を短縮して書ける行書体や草書体が用いられることが多い。

⑤楷書

九成宮醴泉銘(欧陽詢)

 楷書体は、一点一画書いていく書体である。漢字五書体の中で最も成立が新しく、唐の時代に楷書体が確立している。わたしたちにとって最も身近な書体であり、現代まで1400年以上もの間使用し続けられている。起筆、送筆、収筆の三折法が明確なことや、整った字形、トメ・ハネ・払いがしっかりしている特徴がある。正式な文章や印刷物、教科書などの用途があり、 誰もが見てわかる明瞭な書体と言える。

日本国政府が発行している五円硬貨。photo by Photo AC

わたしたちの暮らしの中においては、硬貨の文字が楷書体となっている。力強いタッチで堂々とした楷書が書かれている。普段何気なく使用しているものであっても改めてよく観察してみると、さまざまな発見をすることがある。いろんな書体が他にどのような場面で活用されているのか注意深く観察をしてみよう。

 文字の歴史は古く、これまでの日常生活や暮らしをより快適にするために文字は少しずつ変化を遂げてきた。今では文字があたり前にあるが、 何もなかった時代に伝達手段として文字を考え新たに生み出してきた人々のことを考えると、とても苦しく想像を絶するような作業であったことが容易に想像できるのではないだろうか。文字に感謝をし、大切に扱う心だけは忘れないようにしよう。

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