
床に書道用下敷きを敷くことによるメリット・デメリット
(教場は「書く場」になっているが、「書く場」ではない理由とは。)

書家
片岡 青霞
プロフィール
書道教室を開塾するにあたり、あたり前のように教室の床には下敷きを敷くスタイルとしたが、よく考えてみるとこれは決してあたり前ではないことがわかる。子どもの頃に書道教室へ通っていた方々は思い出してみてほしい。書道教室の床に下敷きは敷いてあっただろうか。 また大人になって現役で通っている方々の書道教室はどうだろうか。今回は、書道教室の床に下敷きを引くことにおけるメリットとデメリットについて紹介してみようと思う。
書道教室の4つのスタイル

まずはじめに、書道教室で実際に生徒さんが書くための教場のスタイルは、主にこの4つののタイプに分けることができるのではないかと思う。ハイテーブル、ローテーブル、椅子、床座。この床座には、フローリングと畳によっての違いがある。ここに加えて、床下敷きの有無が生じる。
| ハイorローテーブル/椅子or床座 | 床下敷きの有無 |
|---|---|
| ①ハイテーブル/椅子 | あり |
| ②ハイテーブル/椅子 | なし |
| ③ローテーブル/床座 | あり |
| ④ローテーブル/床座 | なし |
私が小中学校の頃に通っていた書道教室は、④ローテーブル/床座(フリーリング)、下敷きなしの教場であった。教室は戸建ての二階の部分で、2部屋の扉を外して一つの教室がつくられていた。昔は子どもたちの人口も多く、習い事といっても水泳、ピアノ、そろばん、書道のどれかから選択することがほとんどだったため、書道を習っている人口も今とは比べ物にならないくらいたくさんの方々がいた。私の通っていた書道教室もその一つで、 総生徒数がどのくらいだったのかは不明だが、個人規模で300名以上はいたのではないかと思う。フローリングに正座のスタイルだったため、足が痛くなることも頻繁にあったが、慣れてくるとそれでも集中して書くことができるようになっていた。
一方、大人になってから通っていた書道教室は、①ハイテーブル/椅子(フローリング)、下敷きありの教場であった。通っている年齢層の幅も広く、10代の若者から80代の大先輩までと様々な年齢層の方々がいた。年齢を重ねてくると腰や膝への身体的不安を抱える方も多く、床座が難しくなる人も少なくはない。そのためテーブルと椅子に着席するスタイルとなっていた。また、大人の教室では半切や全紙、その他のサイズへの作品書きも頻繁におこなわれていたため、すぐに床で書けるようになっておりとても便利だと思った。
どちらのスタイルも経験をすることによって、最も適したものを取り入れたいと考えた。次に、床に下敷きを敷くことにおけるメリットとデメリットについて見ていきたいと思う。
床に下敷きを敷くメリット・デメリット

| メリット | デメリット |
|---|---|
| ・大きなサイズの作品をすぐに書ける ・下敷き持参の手間が省ける ・床があたたかい | ・下敷きの汚れ ・毛辺(繊維)が減る ・特注サイズのため金銭がかかる |
床に書道用の下敷きを敷くことにおけるメリットとデメリットは、どのようなものがあるのだろうか。
メリットとして第一に上げられるものとしては、 その場ですぐに書道作品を書くことができるということではないかと思う。生徒さんたちが作品を書くためでもあるが、講師である私自身が、年間にいくつかの公募展や展覧会へ作品を出品しているため、かなりの頻度で作品書きをすることになる。そのため、床に下敷きが敷いてあると準備をせずにそのまま取り掛かることができるので少しだけラクに感じることがある。書く作品によっては、すぐに下敷きが汚れてしまうので、床に敷いてある下敷きの上にさらにもう1枚重ねて書くこともあるが、それでも下敷きは床に敷いてあることに便利さを感じている。また、冬場はフローリングに座布団では寒さを感じるため、下敷きのあたたかさがあるといくらかの違いはあるのではないかと思っている。
デメリットとしては、毎回教室のはじめや終わりに掃除機をかけるため、下敷きの繊維が少なくなっていくことである。年末の大掃除は結構大変で、一人でこの大きさの下敷きの手入れをするのは重労働となる。また、この下敷きのサイズは教室に合わせて特注となるため、床に敷いている下敷きだけでも10万円以上の金銭がかかっている。下敷きの厚みや大きさによって値段は異なるが、 それでも結構な金額になることはたしかである。
教場は「書く場」になっているが、「書く場」ではない
書道教室は、生徒さんたちにとって学びやすい環境の場であってほしいと思っている。そのために、多くの書道教室では「書く場」となっている。テーブルがあり、床に下敷きが既に敷いてあれば、書道を書くには絶好の環境の場だとも言える。
東京での書道の学びは、 一人の講師だけではなく、複数人の先生方からの指導を受けるものであった。そのためたくさんの先生方と関わりをもつことになるが、その中でも特にお世話になった女性の先生がいる。そんな講師の方が年齢と体調をきっかけとして退くこととなった。その時の最後の挨拶の言葉を、私は今でも鮮明に覚えている。
ーーーーーーーーーーーーーー
教場とは、「書く場」となってはいるけれど、本来は「書く場」ではない。教場というところは、見て、触れて、感じて五感を通した学びをするところである。見て盗み、それを自宅へ持ち帰る場である。昔はこのような場として設けられたが、今は「書く場」になってしまっている。「書く場」がいけないということではなく、本来の教場としてのあるべき姿からは遠のいているように感じている。教場というところがどうのようなところなのかを忘れないでほしい。
(N先生より)
ーーーーーーーーーーーーーー
普段は、たくさんの生徒さんへの直接的な指導がメインとなるので、公の場でこのような言葉を聞くことがほとんどないところでもあったが、最後に私たちへ向けてこの言葉を選んだことには意味があるものと感じている。とても印象的で、あたたかなものとして今でも私の心に残っている。たとえ、直接的な指導から離れても、書道を愛し書くことが好きだということは何ら変わらないものであるということを信じることができる。誠心誠意に尽力してきた方だからこそ、残りの時間は穏やかに静かな一時を過ごしてほしいと願っている。
自分に適した書道空間

床に書道の下敷きを敷くことで、すぐに書けるようになっているためとても便利に感じることもあるが、このようになっていることで「書く場」をつくっていることになっていることは否めない。昔から書道をやってきた方々からすると、教場に対しての考え方に基づいて、教場がつくられてきたのだということが容易に想像ができる。そこには敬意や信念が感じられ、背筋を正されるような緊張感さえも感じることができる。
いろんな書道教室があり、さまざまな環境の場(空間)を講師の方がつくってくれている。その中で、ご自身に最も適したスタイルを選択することはとても大切な要素だと感じている。私自身は、ハイテーブルと椅子のスタイルの書道が苦手なのもあり、ローテーブルと床座のスタイルとしているが、もしかしたら年齢を重ねた時にこれでは書けないと思えるような時がくるかもしれない。それまでは、なるべく地面に近いスタイルでやっていきたいと思っている。 生まれ育った環境も関係するかと思うが、地面に近い方がなぜか安心できるのである。 田舎育ちだからか、都会も好きだがやっぱり田舎の安堵感が好ましいと感じている。
