
師匠が不在となったあとの書道教室の行方
(存続と廃業の岐路とは。)

書家
片岡 青霞
プロフィール
全国にはたくさんの書道教室があり、街中を歩けばきっと皆さんの住まいの近くにもいくつかの書道教室を発見することができるかと思う。小さい頃から変わらずずっと長く運営している教室、最近新しくできた教室、昔はここに教室があったが気づけばなくなっていた書道教室など、さまざまな書道教室を目にしたことがあるのではないだろうか。今回は、意外と多くの人が触れたり考えることのなかった、師匠(先生)が 不在となった書道教室は、その後どのようになっていくのかということについて紹介してみようと思う。
書道教室の運営について

まず初めに、書道教室の運営がどのようにされているのかについて皆さんと共有したいと思う。書道教室と言っても、個人でやっているところもあれば、数はそこまで多くはないが会社法人として一つの組織としてやっているところもある。今回はあくまでも個人規模のごく小さな一般的な書道教室のことに関しての内容としている。 個人規模の書道教室というのは、基本的には先生は一人で運営しているところがほとんどではないかと思う。少し生徒数が多いところになると、家族で教えていたり、少人数のアシスタントを雇って運営している書道教室もあるが、 あくまでも講師人の数はごく限られた人数となっている。
個人規模の書道教室の運営というのは、師匠(先生)がいてはじめて成り立つものとなっている。そんなことはあたり前と思われるかもしれないが、基本的に個人で運営している書道教室が圧倒的に多いことを考えると、先生が体調不良になった時などは代わりの講師がいなければ、 普通に教室がお休みになることもあるということである。そのため、個人で書道教室をしている先生方は、一番に自分の健康に気を使い体調管理を徹底している方々もとても多いように感じられる。個人規模の書道教室は、一見すると自分で自由にできて良いと思われがちな面もあるかもしれないが、他に代わりがいない自分しかいないという小さなプレッシャーと常に隣り合わせの状態ということになる。個人規模の書道教室の運営は、師匠(先生)は一人であり、全てがその先生に委ねられていると言っても過言ではないのである。
師匠が不在となる理由

一般的な書道教室というのは、個人規模の小さなものとなっている。 昔は、読み書きが盛んにおこなわれ、習い事の数もごく限られていた中に書道が位置していたため、多くの子どもたちが書道に触れる機会があったが、時代とともに人口減少やニーズの多様化によって 書道の立ち位置も少しずつ変化をしていきている。
現在、書道を習っている人にお聞きしたい問いかけとなるが、皆さんは師匠(先生)が不在となった書道教室のその後がどのようになるかということを一度でも考えたことがあるだろうか。中には、今現在師匠(先生)がご高齢のため、あと何年自分が師匠のもとで書道を学ぶことができるのだろうかということを考えたことがある方もいるかもしれないが、師匠(先生)の年齢が若い方々はどうだろうか。もしかしたらあまり考えたことがないのではないだろうか。
書道教室で師匠が不在となる理由としては、体調不良、大病、入院、引っ越し、家庭環境の変化、年齢による引退、突然の訃報などさまざまなものがあげられる。師匠(先生)も人間なので、何か特別なことは一切なく皆さんと全く同じ日常生活を送り、時にいろんな出来事に遭遇することがある。書道教室の運営に定年はないため、自分の命の尽きる限り書道に邁進する方もいれば、自分自身でボーダーラインを引いて残りの人生をどのように過ごすか考える人もいる。これらは、師匠(先生)の選択肢であり自由意志のもとに成り立っている。
後継者問題
師匠が不在となる理由の中で、 突然やってくるものが師匠(先生)の訃報である。ある程度、年齢を重ねていればそのいつかはどこかでくることになるが、昨日まであんなに元気だったのにいきなり天国へ旅立ってしまうようなことが現実的にある。 突然のことで数日間は誰もが悲しみで胸がいっぱいになるが、残された人々はずっと悲しんではいられず、これからどうするべきかということを一人一人が考えていかなくてはならない状況がやってくる。
師匠が不在となった場合に、 教室の名をそのまま残して運営をしていく教室もあるが、ここで問題となるのが後継者をどなたにするかということである。古くからの教室であれば、 師匠(先生)のもとで長年書道を学んできた一番弟子という方がいるため、その方が引き継ぐという方法があるが、必ずしも一番弟子と言われていた人が引き継ぐとは限らないケースもある。まずは、本人の意思がどのようなものであるか、 たとえ一番弟子だったとしても受け継ぎたいという意思がなければ教室運営は成り立たない。また、それだけではなくその方の年齢、実力、リーダー的存在、人間性、尊敬、信頼など、単に教えるだけの技量があるだけではやっていけない他の要素がたくさんある。これらを相対的にもち合わせた人がいて、はじめて後継者をどうするかの議論が交わされることになるが、現実問題全員の意見が一致するところの方が少ないようには感じている。
この方のもとで学びたい、この方に教わりたいという思いで行っていたのに、その師匠(先生)が不在となり別の人物に変わるということは、教室はそのままでも中身はガラッと変わることになるということを意味している。そのためこれを機に所属の教室や、書道そのものから離れていく人の数も少なくはない。これもまた、個々による習う側の自由意志のもとで成り立っている。中には周囲の仲間が残っているため辞めづらい、退塾の旨を言いだしにくいと感じ嫌々残ってしまっている人もいるが、このようなことは全くもってオススメできない。選択肢はいつだって自分自身にあるということを忘れてはいけない。
存続できる教室と解散する教室

師匠が不在になった後、書道教室に残される選択肢は、存続するか解散するかの2つのうちのどちらかとなっている。
存続できる教室というのは、後継者がいる教室となる。 後継者としては一番弟子の方の可能性が最も高いが、先にも述べたように必ずしも一番弟子の方が後継者になるかどうかということはわからない。これは、書道の実力だけではなく他にも大切な要素が必要になってくるからということが言える。
解散する教室というのは、後継者がいない教室となる。後継者を育てようとして取り組んだとしても、必ずしも目をつけた弟子が育つとは限らない。人を一人書道をやれる人物として育てあげることがどれだけ大変なことか、指導者をやってみたことがある方ならわかるのではないだろうか。後継者が育たなければ、一世一代で終わりを迎えることにはなるが、もしかしたらほとんどの場合がそのようなケースになるのかもしれない。その場合は、師匠(先生)も後継者も不在となるため、教室としては廃業となり一旦の解散となる。その後は、個々に他の教室を探すか、仲間うちのみだけでやるか、書道そのものから離れるかなどの選択肢にはなるかと思う。どちらにしても自分の意志でこれからどのようにしていくのかを決めることが大切なこととなってくる。
私たちは人間としてこの世に生を受けている。はじまりがあれば終わりがあるということは、人間の一生と同じことで何ら不思議なことではない。これらは自然の摂理であり、コントロールできないものである。どんな時も自分の意思を大切にして、これからの人生の選択に活かしていただければと思う。
