
書道は上手なのに、なぜペン字は下手なのか
(書道とペン字の筆記用具の違いについて)

書家
片岡 青霞
プロフィール
書道は上手でもペン字を書かせるとなぜかイマイチな人をあなたも一度は目にしたことがあるのではないだろうか。書道においては数々の受賞歴がある人なのに、お世辞にもペン字が上手とは言えない人たちのことである。一般的に書道が上手ならペン字も同様に上手いはずと考えることは普通だとは思うが、実は必ずしも書道が上手な人がペン字も上手とは限らないのである。字を上手に書けるようになりたいと思い書道をはじめたのにいつまでたっても拙い文字のままの人たち。これは一体なぜなのか。今回は、書道は上手なのに、なぜペン字は下手なのかについて深掘りしてみたいと思う。
毛筆と硬筆における4つのパターン

はじめに、今回の焦点は大人に絞りたいと思う。ペン字とは、ボールペンや万年筆などの筆記用具で書かれた文字の総称のことではあるが、子どもたちは基本的に鉛筆を使用している。ボールペンを使用したことがない子どもたちもいることから大人を対象として述べていくこととする。また、先に結論として、書道が上手なのにペン字が下手な理由は、使用する筆記用具の根本的な構造と扱い方の違いによるものであると考えられる。
今回のテーマでもある、書道は上手なのになぜペン字は下手なのかの中身に入る前に、毛筆と硬筆における4つのパターンを見てみよう。誰もが必ずこのどれかに該当することとなるが、あなたは一体どのパターンだろうか。
① | 書道〇 | 硬筆〇 |
② | 書道〇 | 硬筆× |
③ | 書道× | 硬筆〇 |
④ | 書道× | 硬筆× |
①書道◯・硬筆◯。以前(現役で)、書道を習っていた(いる)ので毛筆が上手。そのため硬筆も同様に上手い。一番の理想系。書道、ペン字どちらにおいても文字を書かせると人から声を掛けられるレベル。
②書道◯・硬筆×。以前(現役で)、書道を習っていた(いる)ので毛筆が上手。しかし、なぜかペン字が下手。書道があんなにも上手なのにペン字がこんなにも書けない理由がよくわからない不思議ちゃん。今回のテーマの対象となる人たちのことである。
③書道×・硬筆◯。これまで書道は習ったことは無いため書道は上手く書けない。当然の話である。だが、書道は習ったことはないがペン字が上手。ある程度年齢を重ねた世代の人たちに多いタイプ。書道を習っていなくてもペン字が上手い。
④書道×・硬筆×。これまで書道を習ったことは無いため書道は上手く書けない。同様にペン字も下手。あまりにも汚なすぎて、自分で書いた文字の解読不可能。周囲も理解不能。年齢を重ねてきたのに文字や書く行為に対して一度も真剣に向き合ってこなかった人たちのこと。
さて、あなたはどれに当てはまるだろうか。
2種類の「下手」という言葉の意味

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毛筆と硬筆における4つのパターンは先に述べた通りである。毛筆と硬筆で比較してみると、人は必ずこのどれかに当てはまるのではないだろうか。書道を習うということは、書けないからこそ習っているのである。少しでも書けるようになりたいという思いが他の人よりもあるからだと思う。できれば学んだ年数と共に右肩上がりで上達を望めることが理想的ではあるが、中々思うようにいかないことがあるのも事実である。
次に、本題でもある書道は上手なのにペン字が下手な人の「下手」というこの言葉が示す意味について触れてみたいと思う。「あの人、書道は上手なのにペン字はどうしてこんなにも下手なんだろう。」という、この言葉の意味することについてである。ここで表現されている「下手」という言葉には、実は2種類の意味が含まれていることをご存知だろうか。
一つは、普通に「下手」ということ。回りくどい言い方は一切抜きにしてストレート直球で大変申し訳ないがとてもシンプルでわかりやすい。この「下手」には、クセ字、丸文字、文字が小さい(空間が狭い)、子どもっぽい、汚くて読めないなどの意味が含まれている。端的に、大人が書く文字としてこれでは少々拙いということを表している。
もう一つは、書的ではない意味での「下手」ということである。こちらは、書道を習っていた(いる)のになぜペン字はこんなにも書けないのかという意味が含まれている。書道を習っている人のタッチ、造形、線質ではないということを示している。習っていた(いる)なら、手紙や一筆箋などサラサラと書けるようにならないと恥ずかしいのではないかと思うが実際はそうでない人が多い。主に「下手」という言葉が示す中には、この2つのうちのどちらかの意味が込められている。
なぜ、書道を習っていた(いる)のに、ペン字は書けないのか

書道 | 書道とは、書くことで文字の美を追求する造形芸術。毛筆と墨を使用し紙に文字を書き芸術的に表現をする日本文化の一つ。毛筆は動物の毛でできており、本来備わっている弾力、反発力(バネ)、筆圧を駆使して文字を書くことができるかどうか。毛を自由に扱うための技量が必要となる。 |
ペン字 | ペン字とは、ペンで書いた文字。ペンとは、インキをつけて絵や文字を書く筆記具のこと。万年筆やボールペンなどの総称。ペンの先端は金属製の部品となっており、ペン先はやわらかいものから硬めと様々。ペンで多少の線の強弱を表現することはできるが毛筆ほどはできない。 |
書道が上手なのにペン字が下手な人がいる理由として、この答えは使用する筆記用具の根本的な構造と扱い方の違いによるもののためと考えている。この筆記用具の違いとは一体何なのか。毛筆では筆を、硬筆ではボールペン、万年筆を使用する。筆記用具が異なればその物の扱い方にも違いがあることはごく自然なことである。そのため、例え同じ文字を書くにしても何の筆記用具を手にするのか、はたまたその筆記用具を扱うことができるかどうかということが重要になってくる。
一般的に書道では、古法(筆遣い)を習得していく。突く、ねじる、あて、ゆすり、左手線、弾く、高さなど。またこれらに加えて、緩急、潤滑、リズム、呼吸などがある。毛本来に備わった反発力を自身の筆力を用いて活かし、多様な筆遣いを駆使して紙面に文字を書く。一方ペン字では、書道のような複雑な技法は無い。一定の筆力にて文字を書く。
このように、書道が上手な人というのは言い方を変えると動物の毛を扱うことができる人ということである。また、ペン字が上手な人はプラスチックやセラミックでできているペン先(ボール)を扱うことができる人のことである。これらの筆記用具が作られる工程、構造、扱い方はそれぞれ異なる。全くの別物と捉え考えることが必要ということである。そのため、必ずしも書道と硬筆の上手さがイコールにならないということが発生すると考えられる。このようにして考えれば、書道が上手なのにペン字がイマイチな人がいる理由が少しは理解できるのではないだろうか。
本当の意味で上手な人とは

書道は上手なのにペン字が下手な人の理由として、筆記用具の根本的な構造と扱い方の違いによることを述べた。書道が上手なのにペン字がイマイチな人は、毛を扱うことはできるが、ペン先(ボール)は扱うことが苦手なためということになる。ペン字を習ったことがないことや書き方、形式がわからないという人もいるだろう。ペン字を上達させるためには、ペン先(ボール)を扱うことができるようにならなければいけない。そのためには、筆ではなくペンを使用しての練習が必要となる。書道が上手な人が筆を持つ回数を増やすのと同様に、まずはペンを手にする頻度を増やしてみよう。
あなたの周囲には、どちらも得意な人がいるかもしれない。書道もペン字も本当の意味で上手な人というのは、初対面でペンで文字を書いた際、「何かやられていましたか?」と声を掛けられることが多い。この言葉の中には、達筆で美しい文字、人よりも目を見張る文字という意味が込められている。逆に言えば、書道を習っていた(いる)のに、ペン字を書いた時にこのような声掛けを一度もされたことがないのであれば「下手」の部類に入るということである。本当に上手な人というのは、自分が何者であるのか正体を明かさずとも、思わず相手側から声を掛けたくなるようなそんな筆記をする。
書道を習っていた(いる)のであれば、やはり書道もペン字もどちらも書けるようになることが最も理想的ではないだろうか。少なくとも世間一般の人たちはそう思っている。書道を習っていた(いる)のだからペン字も書けることはあたり前、当然であるということを。