書道の模範姿勢はなぜ90度直角なのか
(教科書に記載された内容は真実を述べているのか。)
書家
片岡 青霞
プロフィール
あの姿勢を皆さんも一度は見たことがあるのではないだろうか。書道の教科書に載っている背筋はまっすぐほぼ90度、腕は不自然な開きをみせ肩は強張り、大人になるとなぜか着物を身にまといこれから一体何をしようとしているのかと思えるようなあの姿勢を。多くの方は小学校の書道教科書で最初に目にするあの模範的と言われる姿勢は本来の正しい書の姿勢と言えるのであろうか。教科書に記載された内容は真実を述べているのかということにも同時に迫る。
僧侶の正しい座禅姿勢とは
正しい姿勢とはどのようなもののことを言うのだろう。ビジネスマナー講師のもとへ行けば、ビジネスマナーとしての正しいお辞儀の仕方(角度)を教えてくれるだろう。また、客室乗務員であれば、お客様をお迎えするにあたっての美しい立ち姿勢を身につけることになるだろう。正しい姿勢とは職業別によっても異なることがある。その中でも僧侶の行う座禅には、正しい姿勢だけではなく座り方や呼吸方法なども加わってくるのだという。座禅とは、姿勢を正し無念無想の境地で精神統一をする修行のひとつ。宗派によって座禅方法は異なるが、 基本的に心を無にし真に己と向き合うことを目的とする意義に関しては共通のものと言える。近年では、慌ただしい日常生活を送る一般の方々が気軽に体験できるお寺での座禅も大変好評のようである。静かな環境地での朝一番の座禅(瞑想)は心と体へのとても良い影響を与えてくれるだろう。
基本的な座禅姿勢とは、 床にあぐらをかき背筋をまっすぐにし肩の力を抜く。 軽く顎を引き目線は正面。 この状態が最もリラックスしたものであり、手の形や足の組み方、呼吸方法などは各宗派によって異なることが多い。また椅子に座って行う座禅もあるが、その際もイスの背もたれには寄りかからず、背筋をまっすぐにする。これらのことからも分かるように座禅姿勢で最も大切なことは、背筋をまっすぐにするということなのだと思う。先ほども述べたように宗派によってその他のマナーや方法は変わることがあるかもしれないが、座禅を行うにあたって背筋を正すということに関しては宗派など関係なくどれも同じことを述べている。 背筋が丸まっていては、深くゆったりとした呼吸はできない。気の流れをよくするためにも背筋を正すということは、座禅をするにあたって必要不可欠なことであることがわかる。
教科書に記載されている内容は本当に正しいのか
書道を学ぶ者にとっては全国に無数にある書道教書誌をもとに学んでいる人もたくさんいることだろう。書道を学ぶ上で級や段の目安を取得するものとして多くの人が活用している。毎月各学年ごとに課題文字が異なる。 ここでは学校で使用するものも含めて教科書と称して話を進めていこうと思う。
先日、 小学3年生の課題に「行火」というものがあった。小学3年生のことを考えれば漢字自体はとても簡単ではあるが、そもそもこれを読めるのか。そして何と読むのか。大人の生徒さんに何と読むか聞いてみたが、 即答できた人はいなかった。文字が小さくて恐縮だが、教科書の下の部分にこう書いてある。
●二文字を調和させて書きましょう。
「あんどん」と読みます。
この文字は「あんどん」と読みます。と教科書に記載されている。疑問に感じ調べ問い合わせをしてみる。歴史の年号や出来事が変わるように、 漢字の読みが変わることもあるのかとも考えた。現に漢字の書き順に関しては、 昔と今で異なるもの、一つの漢字で二つ以上の書き順があるもの、楷行草書体で異なるものなど。全てのものではないが異なるものが存在しているからだ。漢字の読みもそんなことがあるのかと思ったが、「あんどん」という読みは不正解となる。正しくは、「あんか」と読む。教科書に記載されていることが間違っていたことになるわけだが、教科書はそもそも人が手掛けて作っている。ロボットや AI ではないのだから人間誰しも間違いはある。ここで覚えておきたいことは、教科書に記載されている内容が必ずしも正しいとは限らないということである。 これは学校や書道の教科書でも同じことが言える。歴史がコロコロ変わっている様子を見ると、全てが正しいとは言えないのではないだろうか。本当にそうなのか。と、疑問をもつことは学習をする上でとても大切なことである。
・行火(あんか)・・・手足を暖める小ぶりな暖房器具。
・行灯・行燈(あんどん)・・・円形や四角形の木や竹のわくに紙をはった照明器具。
私が小学生の頃は真冬に行火を使用していた。今の小中学生に行火という暖房器具を見たことがあるか知っているか聞いてみたが、知っていると答えた生徒は0人だった。子供達が見たことも聞いたこともないものが課題文字となっている。ましてや大人もほとんど読めない。課題文字としての一考が必要なのではないか。
リアルな書道の姿勢とは
教科書に記載されていることが必ずしも正しいとは限らない。書籍を読んでいる最中、誤字や脱字に遭遇したことが幾度かあった。大量に印刷され既に書店に並べられている本でさえも、表記が間違っているがそのままのものということは実にたくさんある。書籍が出版されるまでにはたくさんの人のチェックが入る。何度も確認はするがそれでも人が行うものの中にはミスはつきものだということである。
ここで一つ疑問が湧いてくる。書道の正しい姿勢として教科書に記載されている内容は真実を述べているのか。という点である。模範的な姿勢としている背筋90度直角。腕は不自然な開きを見せ肩は強張り、中には頭さえも前に傾くことも許されず目線だけが怖いぐらいに冷たく半紙を見下ろすあの姿勢である。 少なくとも私はそのようにして普段書道を書くということは無い。また周囲の書道をやっている人を見ても教科書のような構えでやっている人はいない。では、教科書に記載されているものは何なのか?教科書はあくまでも教科書としての役割を果たす。教科書としての役割とは、誰が見てもわかりやすく綺麗で美しい姿勢を参考に無難に載せるということである。そもそも考えてみてほしい。教科書に掲載されている書道の模範姿勢が、頭はボサボサで服は墨だらけ、背中も丸まり完全に猫背。やる気は無いがとりあえず写真撮影だというので腕だけなんとなく伸ばして書いてるフリ。という画が載っていたらそれこそ突っ込みどころ満載なのではないかということである。教科書に載せる模範姿勢と言われれば、本来はそのようにしては自然体で書は書けないが、背筋90度のほうが見栄えが良い。あくまでも教科書に載せるためにそのようにしているということである。
普段、自身が一人で書道半紙の臨書を書いている時はあぐらをかいてやっている。これが一番安定して長時間書いていける自分のスタイルだからだ。 中には片脚を投げ出し、重心が左右のどちらかに大きくかかるような体勢で書いているベテランもいる。私たちの姿勢は、教科書に記載されている書道の模範姿勢とははるか遠いものとなっている。
教科書に記載された模範姿勢で書道に励んだ結果
ここで勘違いをしないでいただきたいのだが、書道姿勢はどうでもいいということを言っているのではない。書道においては書くという行為をしていかなくてはいけない。この書くという行為をするためには「動く」という動作が必ず必要なのだ。緊張感ガチガチになった姿勢を保ちながら筆を握りしめ枚数を重ねる行為は、単に体を痛めるということに繋がってしまう。 例え、座って半紙を書いていても腕だけを使っているのではなく、身体全体を使って書いているということだ。教科書に模範姿勢とはこのように書いてあった。正しい姿勢とはこう記載されているのでそれをかたくなに守っている。というのは、 まだ書道を始めたばかりの人が忠実に行っている行為である。書道をやっていくといずれかわかることになるが、 たった1枚を書くのに身体全体を使っていることに気づかされるだろう。
ガチガチに凝り固まった姿勢で書道をした結果、線質が固い。肩こりが半端ない。年齢のせいかと思ったが必ずしもそうではない。不自然な腕の開きをし続けたため右腕が痛い。持病の腰痛がさらに悪化することまっしぐらだ。これでは毎回のお稽古後にマッサージが必要になってしまうではないか。書道をやりながら体を痛めつける行為はやめよう。 自然体で筆を持てるようになろう。